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Shinto wa Saiten no Kozoku (Synopsis: Shinto is an Outmoded Custom)(神道は祭天の古俗)

by Kume Kunitake(久 米 邦 武)



神道は祭天の古俗


      考  證


久米邦武君の史学に於ける古人未発の意見実に多し、而して余は此篇に於て最も敬服せり、故に既に史学会雑誌に掲載せしものなりと雖も君に請ひて左に之を掲載し以て読者の瀏覧に供す。余は此篇を読み、私に我邦現今の或る神道熱心家は決して緘黙すべき場合にあらざるを思ふ、若し彼等にして尚ほ緘黙せば、余は彼等は余く閉口し光るものと見做さゝるべからず。                            鼎  軒



         神道は祭天の古俗

                                                                                    文科大学教授  久 米 邦 武    

日本は敬神崇仏の国なり、国史は其中より発達したるに、是迄の歴史家は其沿革を稽ふることを忽にしたる故に、事の淵底に究め至らぬを免れず。因て爰に其概略を論ずべし。
敬神は日本固有の風俗なり、中比に佛教を外国より伝へ、合せて政道の基本となりたり。其は聖徳太子の憲法に始まり、大化の令に定まる、大旨は格の孝謙帝詔に 神護二年七月 〔攘災招福必憑幽冥敬神尊佛清浄爲先。云云〕とあるにて見るべし。又桓武帝の詔に、延暦二十五年正月 〔攘災殖福佛教尤勝。誘善利生無如斯道〕とあるにて、神佛の別を見るべし。葢神道は宗教に非ず、故に誘善利生の旨なし、只天を祭り、攘災招福の秡を爲すまでなれば、佛教と竝行はれて少しも相戻らす。故に敬神崇佛を王政の基本となして、今日に至りたる習俗は、臣民に結ひ着て、堅固なる国体となれり。然れども神の事には、迷溺したる謬説の多きものなれば、神道佛教儒学に偏信の意念を去りて、公正に考へるは、史学の責任なるべし。因て爰に現在の国民、敬神の結習より、遡りて東洋祭天の古俗を尋究し、朝廷の大典たる、新嘗祭・神嘗祭・大嘗会の起り、伊勢内外宮・及び賢所は、みな祭天の宮にして、諸神社に鏡王剣を神礼に象る由来、神道には地祇紋人鬼を崇拝する習俗なく、死穢・諸穢を忌避て潔癖を生じ、秡除を科する法より弊風を生じ、利害交ありて、人智の発達するに従ひ、儒学・仏教・陰陽道等を伝て、其缺乏を補完矯正するの必要に論及し、千余百年来敬神崇仏の国となりて、今に至るまで、敬神の道は崇佛と並行はれて、隆替なきことの考を述ん。

国民敬榊の結習

外面より見れば、日本は崇佛国と化したる様なれども、さにあらざることは、今にも都鄙人民の結集を察すべし。例へば東京の貴賎は、某区に山王祭をなし、某区に神田祭をなし、某は天神、某は稲荷と、各々氏神に祭礼をなし、是を毎年の大典となせり。某区は今の行政区に非ず、古農村にてありし時の村区に因るものなり。今は都会となりて、田地なければ、祭礼の本旨を証するに足らず。いづくの田舎も、村々に皆氏神ありて祭礼をなすは、全国に通じたる風俗なり、其氏神の区域は、今の村区と異なる所も多く、祭礼の習例も、各土に少異あれど、大抵新穀の登りたるを以て、濁酒を醸し、蒸飯を炊きて、神酒供饌となし、各其地の古俗によりて祭る。因て供日とも称す、濁酒蒸飯は古時の生活の状にて、祭礼は報本の意を表して、神に福を祷るなり。是を衆民の毎年天に事ふる務となし、而して水旱風雨疾病等の節々には、攘災の祷祭をなす、又其日々の勤むる所を見るベし、早旦に旅行すれば、野村も裏店も男女となく、朝起れは河流井水に浣嗽し畢て祷拝をなす、拍手の馨の聞へぬ里はなし、是神代よりの景象なり。細に其祷拝の状を観れば、合掌するもあり、南無の声聞ゆるもあり、或は上下四方を拝し、或は出日の方に向ふ、立もあり、跪もありて、崇佛にも似たり、或は回教拝日 の民かとも誤らる。其は礼拝を教ふるもの流々義々なりしによる佛教の正式を教へられたる者は佛壇に向ふ此に却て眞率の誠を表せり。実は皆天に祷りて福を求むる所にて、往古の祓禊祭天の遺俗なり。日本人の日本人たる眞面目なり。されば国俗一般に清潔を喜びて、穢を嫌ふこと甚し、支那朝鮮の諸国とは、大に習俗を異にす、泰西人も東洋潔癖の国と称せり。其潔癖は、敬神より来りたれば、彼衛生の清潔とは異なる所あれども、迚も角も美風なり。支那朝鮮も、厥始は祓除祭天の俗より発達したれど、早く時世の推遷につれて本を失ひ、因て国体も変化して、動揺不定の国域となりたるに、日本のみは建国の初に天神の裔を日嗣の君と仰ぎてより、固く古俗を失はずして、其下に国をなしたれば、今に天子は常日に高御座の礼拝を怠り拾はず、新穀 登れば、神嘗・新嘗祭を行はせられ、毎年大祭日として、全国に之を祝ひ、御一代に一度の大嘗会を行はせらる。是神道の最重最古なる典なり。雲上の至尊より、野村裏店の愚民まで、毎日毎年天に事へ本に報ふの勤めは一規にして、勧めずして存し、令せずして行はれ君臣上下一体となりて結合したるは国体の堅固なる所にて、思へば涙の出る程なり。衆人の皆称する、萬代一系の皇統を奉じ、萬国に卓越したる国なりとは、かゝる美俗の全国に感染し、廃らぬ故に非ずや、実に国史に於て緊要なる節々なリ。


東洋祭天の起り





底本:『明治文化全集』[吉野作造編]第15巻 思想篇、日本評論社、pp.527−528
   1929(昭和4)年発行